人間としてこの世に生を受けた以上、死を迎えることは必定です。死によって生は強調され、意味づけをなされ、その死を超えるさまざまな観念体系が形成されて、現在へとつながっています。この観念体系が、死者に対する儀式として体系化され、具現化されながら、宗教的・文化的・社会的な側面を育んできたといえます。
死は、単に死んだという現象にとどまらず、故人を取り巻く多くの人に影響を与えます。一人の個人の死は、社会的・文化的な意味を持ち、生きている者に、死を超えるさまざまな死生観と、これからの生への意味づけを与えるものなのです。
特に企業のトップの死となると、そのもたらす影響度は計り知れず、決して「個人の死」で終わらせることはできません。
そのような、企業の発展に尽くされた創業者や役員、業務遂行中に亡くなられた社員の功績を讃えるために、企業がご遺族と一体となって追悼する行事が社葬なのです。
社葬は、一般的な葬儀に比べ会葬者数が多く、おおむね大規模な葬儀が執り行われます。しかしながら、社葬は規模の概念ではなく運営の主体が企業にあり、企業の経費で執り行われるかどうかが判断の基準となっています。
社葬は、故人への哀悼・慰安という本来的な目的にとどまらない、企業にとって大きな意義のあるイベントといえます。
企業は、社葬を執り行う際、通常の企業業務とはまったく異なる儀礼を施行しなければなりません。しかし、それが企業を結束させ、社内体制をより強固なものにする役割を果たすこととなるのです。
また、社葬は、故人の関係者だけでなく、各界からの主要関係者が会する一大行事です。社葬は、それらの参列者に対して企業の組織力をアピールし、後継者を中心とした万全な体制を知らしめる場でもあります。社葬の成功は、企業としての信用性を高めることにつながります。しかし、逆に、社葬が失敗した場合、ましてや、経営トップの死に際して、企業が社葬を執り行わないとするならば、その企業に対する社会的評価の低下は、非常に大きいといえるでしょう。
社葬とは、企業の信頼性を知らしめる最も効果的な社外広報・アピールであり、その後の企業の経済活動を円滑ならしめ、企業存続のノウハウを引き継いでいくための必要不可欠な儀式なのです。